2004.6.15




と御主人様
‐‐前編‐‐





「お前ナルトのこと振ったんだって?」



何でそんなこと知ってるんだと言わんばかりに眉間に皺を寄せて。
何故だか勝手に人様の自宅に上がりこんできた男に、巻物へと集中して注がれていた視線をしぶしぶ移し変えた。
その心意が伝わったのか、男はみんな知ってるぜ、と満足げに口角を上げている。

「ナルトへこんでたぜー」
「言いふらしてんのはアイツか」
「何で?ナルトじゃダメだったってか」
「いや、だいたい振ったというよりもアイツが突然興奮して俺を押し倒そうと…」
「なあ、じゃあ俺だったら?」
「は?」
当の本人が訊ねてきた、告った振ったの次元ではないという真実を明かしている最中であるにも関わらず、大切な話は中断されてしまった。
しかも唐突な話題転換を以って。
「だーかーらー、俺と付き合おうぜってこと。俺お前のこと好きだし」
だからナルトとも付き合ってくれと言われたわけれはないと言っているのに。
「それ、わけわかんねえよ」
「な」
寝転がって、へらへらしていた口元を急に真摯なものへと変え、やさしく手の平を頬に添えてくるのだ。
…馬鹿な男ほどこういった手を使う。
「断る」
見知った二人の男を脳裏に浮かべながら、図々しくも圧しかかってきた身体を突き放す、が。
返答からここまでもがお見通しだったようで、支えとしていた腕を絡め取られ、力強く抱き締められて。
「やっぱだめかー」
「おい!断ってんだろ、離せ」
耳元でう〜ん、などと悩まれたらくすぐったくて仕方がない。
「じゃあ、ペットとして俺を飼えよ」
「はあ?!何言ってんだよお前」
「今からマジでここに住むぜ」
「冗談じゃねえよ、帰れ」
「やだねー、勝手に俺のこと拾っといていらなくなったらポイですか。お前碌な死に方しねえぞ」
もううんざりだと、そう言われても。
「いつ俺がお前を拾ったんだよ」
「アカデミーの、まだ子犬だった俺」
そんな憶えはまったくないのに、下忍見習いだった帰り道、雨がしとしとと降り続ける中ダンボールに入った可哀相な子犬に黄色い傘を差し伸べている自分の映像が浮かんできた。
「ほらな、憶えがあんだろ」
「いや、ねえよ」
カカシにお前は騙され易い体質だから気をつけろと言われる所以はこれかと内心毒づく。
「ったくてめえも硬えな。わかったよ、期間一ヶ月でいいから」
拾われた云々の話は本当なのだ。
赤丸と本当に楽しそうにじゃれ合っていた姿を目の前で見せられたあの日以来。
ずっと、たとえ目を閉じずともその笑顔が脳裏に浮かんできて。
あいつのことが好きなんだと気づき、しかも初恋から男だったという俺の衝撃は一生この目の前の、一ヶ月お試し期間に心揺らいでいる単純野郎にはわかるまい。
綺麗な顔して、そのくせこんな性格で。
恋敵ばかりを増やしてくれるのも勘弁して欲しい所だ。

「いいだろ、たった一ヶ月だぜ?」
「まあ…、一ヶ月くらいなら」
「ひゃっほう!ラッキー!!!」
離れた身体を、再度引き寄せようと試みた瞬間、左肩辺りに鈍い痛みが走る。
「何」
「ただし、ちょっとでも変なことしたら追い出すからな」
「ラジャー、他は」
「メシつき、布団つき」
「マジで?!」
「ペットなんだろ?世話すんのは当たり前じゃねえのかよ」
何言ってんだ、と少々驚いた様子で見つめてくる姿は可愛すぎる…、ではなくて手料理つきとは本当にラッキーだ。
一緒に暮らせるだけで十分幸せだが、あの顔に似合わず美味いメシつきとあらば、言うことない。
肉体関係は、ひとまず一ヶ月先の辛抱だ。
「よろしく、御主人様」
左肩を押し続ける細くて白い足首を掴んで、指先にぺろりと舌を這わせてみても、一瞬拳を作ったところまでは確認できたが何もしてこなかった。
ペットだから?
「名前は」
「お好きなように」
「じゃ…、キバ」
案外律儀なこの性格を利用して、好き勝手いじれそうだが。
楽しんでいるだけではすぐにこのゲームも終わってしまい、意味がない。
「そのまんまじゃねえか…」

必ず、この一ヶ月間で落としてみせる。










「聞いたぜ、お前今サスケんとこにいんだって?」
「ああ、何だもう回ってんのかよ」
「まーなー、いちおう忍びの里だし」
シカマルも知っているとなると、あのうるさいのも知っているのだろうか。
「で、どうなんだよ」
「どうもねえよ、付き合えっつったら断られたから、じゃあペットとして飼えって」
「はあ?!ペット?」
「ペット」
確かに犬といえば犬だが、ペットでと言う方も言う方だがそれで承諾する方もどうかと思う。
「それ、楽しいのかよ」
「たまに躾られっけど、あとはいいぜー、メシつき、布団つき、適度なスキンシップも取って良し」
「メシつきかー、あいつのメシってマジ美味いんだよな」
「だろ?」
「てかサスケがスキンシップをねえ…」
「何だろね、犬は舐めるもんだとでも思ってんのか」
舐めるとなると適度な…、ではないだろう。
過度なスキンシップを取りすぎてひどい報復を受けた人物をシカマルは数人知っている。
そんな脳裏に焼きついた惨劇を思い出していたら、渦中の御主人様の登場らしい。
新妻…、には間違っても見えはしないが、両手に持たれたビニールの買い物袋がこの隣にだらりと座っている犬っころのためでもあるのかとなると少々羨ましいものがある。
「ほらな?」
「てか、ナルトどうすんだよ。めんどくせえことになるぜー」
「何、アイツ知らねえの?」
「たぶんな」
「へえ…」
友人ながら、本当に嫌な笑顔を浮かべてくれると思う。
人よりも長めの犬歯がそれを余計に際立たせていた。

「キバ、赤丸、帰るぞ」
呼ばれて、今まで膝の上で惰眠を貪っていた赤丸が、飼い主を差し置いてすでにサスケの元へと駆け出している。
「なあ、今日のメシ何?」
「お前昨日から肉肉うっせーから、すきやきにした」
「マジで?!やっりー」
そう言って、嬉しそうにサスケに飛びつく様は確かに犬だ。
本当に尻尾があったなら千切れんばかりに振られているのだろう。
「シカマル、お前も食ってけば?」
「…いや、今日は遠慮しとくわ。最近家でメシ食わねえからって母ちゃんうっせーんだよ」
「わかった」
行きたくてもてめえのペットが視殺されんばかりの睨み効かせてくるから行けません。
心中そんなことを思いながら。
「じゃ、またな」
「シカマル」
「何だよ」
「一ヵ月後、俺はやるぜ」
「はあ?」
見てろよ、と去り際に低音で囁かれて。
サスケの辿るであろう可哀相な末期と高らかな笑い声を上げるキバの姿がシカマルの脳裏を軽く掠めていった。





「はー…、うまかった」
「そりゃ良かったな。じゃー片付けとけよ」
「はあ?俺がやんの?!」
「当然だろ、ペットだからってタダメシ食ってんじゃねえよ」
「ペットはタダメシ食い潰すモンだろ?」
「ウチは違うんだよ。それが嫌なら出て行け」
暫し双方睨み合うが、先に根負けして視線を逸らしたのは当然ながらペットの方である。

「あーはいはい!…ったく人使いの荒い御主人様だな」
最高にぶつぶつと文句を垂れつつも素直に台所に向かうキバの姿は何だか可愛らしい。
ナルトやシカマルは決して美味いとは言えないが、それなりに男の料理を作ってみせる。
しかしこの男が料理、ましてや家事仕事の手伝いなど、食事が終了しては寝転がる様を母親に怒鳴られている姿しか見たことがなかった。


「これか?洗剤って」
やったことはないが母ちゃんが皿洗ってる後ろ姿は見たことがある。
こんなものはどうせまた翌朝には使用し、また洗う嵌めになるのだから適当でいいのだ。
後ろではサスケがテレビをつけたのだろう、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「ちくしょう、何で俺がこんなこと」
まさかこの先一ヶ月間、掃除洗濯皿洗いと奴隷のように扱使われるのではないだろうか。
役には立ってポイントアップだが、サスケはこういうマメな男に惚れるタイプではないのだ。
悔しいが、今一番サスケを落とす可能性が高いのがカカシ。
それはきっと誰もが認めざるを得ない事実である。
ある意味、ああいう本気なのかすら心意を掴めないまま振り回されて、嫌がっている内にどんどん引きずられていってしまう可哀相なタイプだ。
思わず、あの憎たらしい飄々とした男を思い起こしなどしたものだから力が入って、握っていた皿からバリンと大袈裟なほどでかい音が放たれて。
後ろから、サスケの避難を帯びた視線を感じる。
「悪い悪い、俺こういうこと慣れてねえからよ」
「気を付けろよ」
「ああ」

…が、その後も悶々とこの先の計画を練っている内に熱くなり、連続して皿やら器を破壊。
とうとう隣に立たれた御主人様が怒りに肩を震わせたまま腕を組み、何か口を開こうとしている瞬間である。
出るか出て行け、と覚悟を決めるも、
「もういい、台所には二度と立つな。向こうで寝てろ」
「へ?」
「食器の数ねえんだよ!一日で無くす気か」
バカペット!なんて暴言は吐かれたものの、てっきり追い出されるものだと思っていたから拍子抜けしてしまった。
まあ、出て行けとそのまま言いなりになるつもりもさらさらなかったが。
「お前ちょっと丸くなったな」
「何言ってんだ、あっち行ってろよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
台所に立つ、サスケを後ろから抱き締める。
「おい」
「ペットのスキンシップだって」
耳の後ろにぺろりと舌を這わせれば、反射的に身を竦められて。
こういう反応を返してくれるからこっちの歯止めが聞かなくなるのだと、受け手にしてみれば理不尽な愚痴を内心吐き捨てる。

「もういいや、このまま寝ちまおうぜー」
同じ体勢のままサスケの手首を掴み取り、強制的に泡のついた手を洗わせた。
「まだ残ってんだよ!」
「明日、明日」
「キバ!」
無理矢理ベッドルームまで抱き上げて、スプリングの効いた高級ベッドの上に共に転がるが。

「風呂、入ってねえだろ」
と、頬をほんのり桃色に染めたままそう言われても。
うーわー、何これ何この状況!
食ってくれと言ってるようなモンですよね御主人様!
「先入ってくる」
「んじゃ俺も」
その発言が、一瞬で先ほどの可愛らしい表情を凍りつかせた事実をキバは知らないから、調子に乗って肩を抱き、外耳に舌をねじ込んでいく。
「お前のこと洗ってやるよ、俺の身体で…って!いってえ!!!」
容赦なく腕を捻り上げられ、
「向こうでイイ子に待ってろよ」
有ろうことか頬にキスされてしまった。



「はい…」



としか言えなかった自分が、果たして一ヵ月後に勝利を勝ち取ることができるのだろうか。
らしくもなく少々不安を感じるキバであった。










CONTINUE




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