2003.6.22




セクシーなの、キュートなの?
どっちが好きなの。


「って聞かれても迷うよなあ」
上忍詰め所は、もはや煙草の煙に覆われ深い霧がかかっているかのような状態になっていた。
「俺は迷わないけど?」
時と場合によって…、と本気で悩むアスマを、一人の男が制圧する。
「俺は絶対セクシー系だね。ムンムン漂ってくる色気がないとヤル気も起こらないわけよ」
「お前はいいね、簡単で」
「なにそれ」
バカにしてんの?と笑いながら、懐から取り出した新たな一本を口に咥え、ベストなタイミングで差し出されたライターの火をありがたく頂戴した。

そんな男二人の姿を、天井裏からこっそり覗き込んでいる者がまた一人。



うちはイタチ、13歳。
はたけカカシ、22歳。

それは共に暗部の同僚だったころのお話である。





TESSERA





「あ、イタチ。任務終わったの?」
「何でこんなところに…」
自宅への帰路に着く途中、通りかかった墓場にカカシはいた。
人様の墓石に胡座をかいて、いつものように気だるそうに煙草を咥えている。

「お前の任務が終わるの待ってたのよ」
「いつ終わるかなんてわからないじゃないですか」
そんなこと、俺よりもよく知ってるくせに。
「そろそろ帰ってくるような気がしただけ」
そう言って、カカシはイタチの頬に大きな手の平を添え、耳から口元に伸びた真新しい一本の切り傷に親指の腹を這わせていく。

「綺麗な顔に傷つけるなって何度も言ってんだけどね」
「そんなこと、無理に決まって…」
少しだけ俯きかけたのを許さずに。

「ま、どんなになってもお前は美人だよ」
顎を軽く引き上げられれば、カカシと目が合った。
「何ですか、それ」
銀と朱を愉しそうに細め、そのオッドアイが、ゆっくりと近づいてくる。
そっと、唇に押しつけられたやわらかな感触。
「あ…」
「今日はこれくらいにして、と」
一気に頭の中が真っ白になってしまったイタチは、後ろに倒れ、したたかに後頭部を墓石に打ちつけた。
もう3回目だというのに、未だキスにすら慣れてくれないこの身体。

大丈夫か、とか。
手を差し伸べてくれることもなく。
「今度映画にでも行こっか」
じゃ、そういうことで、とカカシは一瞬でいなくなる。


「せめて、家まで送ってくれたっていいだろ」
どのくらいかはわからないが、任務が終わるまで待っていてくれたくせに。
「相変わらず冷たい奴…」
文句を言いつつも、イタチの唇は堪えきれない笑みを象っていた。



共に働くようになって、日に日に、彼のことが好きになって。
肩や腰、頬に触れられる度、心臓が飛び出るのではないかと思うくらい胸が高鳴っていた。
それを必死に隠しながら、ここまで。

女関係において一切良い噂を聞かないはたけカカシをとうとう落としたのだ、と。
腕は千人力でも恋愛面において若すぎたイタチ(例:キス=正式なお付き合い)にはわからない。


『つまみ喰い』という言葉を…。


―――――――――――――――――――――――――


「お前、聞いてるのか?」
「いたたたた!聞いてますって!だからこうして一緒に服を選んでるんじゃないですか!」
カカシの格好良い所を先ほどからずっと講義しているのに、カブトからの反応は何もなくて。
腹立たしいので耳を掴み、自分の方に引き寄せてみた。
「明日はカカシと映画を見に行く」
「それは二週間前から一日平均639回は聞かされてます」
「そうだったか?」
「そうですよ!」
まったく、あんな男のどこがいいんだ、と恐ろしいから声には出せないがこっそり心の中で愚痴る。

「やっぱり、これがいいか」
と言って箪笥の中から取り出してきたのは初々しいセーラー服。
「そんなもの、一体どこで手に入れたんですか」
「去年の誕生日にカカシがくれた」
女子高生かなんかを強姦してそのまま剥ぎ取ってきたのではないかとカブトは素で思わずにはいられない。
「いつものままが一番いいんじゃないですか?」
「つまんない奴だな、初デェトだっていうのに」

初、デート…。
初…。
確実に喰われる。
明日。
今までだってカカシのイタチを見る目は尋常ではなかった。
身体がしっかり作られる最低ラインである13歳までは待つつもりだったのだろう。
奴のなけなしの優しさだ。



「イタチ君、やはり危険すぎます。13になったといったって身体はまだまだ子ども。僕なら17まで待てる。決してあなたを泣かせたりはしないから…」
「やはりうちはマークは必要か…」
イタチ君!!!と後ろから愛しい人を抱き締め、改心してくれることを願うのだけれど…。
「お前少し黙れ」
顔に似合わず力強い拳が、顔面にめり込んだ。
トレードマークのカブト眼鏡が粉々に砕け落ちてゆく。

「イタチ、くん…」
「やっぱりいつもと同じのでいいか!」
意識を失いかけながらも手を差し伸べる『友達』は綺麗に無視して、普段愛用している首元がざっくり開いた上着を手に取った。
背中にはもちろん赤と白のうちわマーク。


「ああ、明日のために早く寝ないと…v」
ぎゅ、とカカシの写真を胸に抱き締め、デェトの内容をあれこれ思う。
「カカシ…好きだ…」



最後に床に転がりながら自分を眺めているカブトを一瞥して。
「お前、もう帰れよ」
呼び出しておいても、長居は厳禁なのであった。


――――――――――――――――――――――――――


そして、決戦の日。
障子越しに、やわらかな朝の日差しが注ぎ込んでイタチの顔を優しく包み込む。
が、イタチは目覚めない。
興奮して眠りについたのは今からほんの小一時間前だったのだが…。
カブトが帰り際に仕込んだ目覚まし時計のアラームを解除しておくというとても微小な抵抗が功を成したようである。










「あら、いない」
軽く2時間近く遅刻してきたというのに、待ち合わせ場所にイタチの姿はなかった。
怒って、待ちきれずにもう帰ってしまったのだろうか。
「あいつ、短気だからなあ」
ま、しょうがないか、と道に落とした吸殻を足で揉み消しながらカカシは思う。
「じゃー俺も帰るとするか…」
背伸びをして、くるりとその場に背を向けた瞬間、視界になにか真っ黒いものが横切ったような気がした。
カカシ特有の特殊な本能が発動し、振り返って、急いでそれを目で追う。

「たいぜいのてきのさわぎはしのびよし…」
大きな木刀を背負って小さい身体でちまちまと歩いている黒い塊。
「しずかなかたに、かくれがもなし」
勉強しているのだろうか、ぶつぶつと何かを唱えている。

「な〜にやってんの?」
「うわっ!」
突然目の前が真っ暗になったかと思ったら、ひょい、と見知らぬ男に抱き上げられていた。
「だれだよあんた!はーなーせー!!!」
腕の中でじたばたと暴れまくり、所構わず手足は振り回しているのだが、一発とてカカシに当たることはなく、むしろその様を上から楽しそうに眺めている。
「はなせっていってんだろ!」
このばか!とうっとおしく目にかかる銀髪をわし掴みにされてみて、初めてこの子どもと目が合った。
似ている…。
とても。
どうりで触手が働くわけだ、めちゃくちゃ可愛い。

「イタチ?」
「!兄ちゃんのことしってんのか?」
あ、これが噂に聞く弟なのね…、とカカシは一人納得する。
カブトあたりが自分のことでもないのによく自慢していた。
可愛い、可愛い。
それはもう全身舐め回したくなるほど可愛いと。
たしか名前はサスケとか言ったっけ。

「俺はたけカカシっつうんだけど、イタチ兄ちゃんのオトモダチ、かな」
「カカシ…、ともだち…」
あんなに威嚇していた子猫の瞳が、『友達』をキーワードとして一変した。
もう身体を触ってみても、いやがる素振りすら皆無である。

だめだなあ、忍者たるものそう簡単に人の言うことを信用しちゃあ…。
内心ほくそ笑みながら、少し癖のある黒髪を撫でてみる。
「お前、サスケだっけね」
「うん」
「何やってんの?」
「これから兄ちゃんとしゅぎょうしようとしたんだけど、兄ちゃんが…」
「ん?」
遅刻してきた俺のせいで機嫌を損ねてしまったんだろうか、なんてらしくないことを考えた。
「俺でよかったら修行見てやろうか。言っとくけどイタチより強いよ」
「ほ…」

「カカシさん!!!」

ホント?!と今にも飛びついてきそうな勢いだったから両腕を広げて待っていたのに、背後から邪魔が入って。
チッと小さく舌打ちした。

「す、すみません…、遅れました…」
ぜいぜいと苦しそうに気管を震わせながら。
「お前が遅刻なんて、珍しいね」
何故だか、現れたイタチは全身血まみれで。
どこにも傷なんか見当たらない所から、全て返り血なんだろう。
誰かの。
特に血糊がべったりついた右手に、握り締められているフレームの曲がった丸眼鏡はあえて見なかったことにしておく。

「行くぞ、映…」
「兄ちゃんずるい!またひとりでしゅぎょうしてたんだろ!」
ムカつく!とカカシの影から飛び出してきたのは。
「サスケ?!」
何でこんなところに…。
「今日はおれのしゅぎょうみてくれるってやくそくしたのに!!!」
そういえば、ずいぶん前にそんな約束をしたような記憶が戻ってきた。
が、今日は譲れない。
「サスケ、今日は…」
「いいね!じゃ、今日は三人でサスケくんの修行に付き合うか〜」

「はぁ?!」
という声と、
「やったー!!!」
という歓声が同時に飛び出し、相殺し合うが先に行動に映ったのはイタチであった。
サスケの前に、しゃがみ込んだままのカカシの胸ぐらを捻り上げている。

「お前、今日は俺とデェトするって約束しただろ」
「いいじゃない、三人でしてると思えば」
さもうざったそうにそう言われ、イタチの中で何かがブチ切れる。
当のサスケはお決まりの、大口を開けたバカ面をイタチの方に向けていて、カカシはその様を愛しそう見つめて…。

「お前なんか、死ね」
ざっくりとカカシの脇腹にクナイが突き刺さる。
「げ…」
変わり身の術も使えずに、久々にクナイなんかが身体に刺さったと思った。
けれど痛いものは痛い。
そう蹲るカカシを捨て置いて、イタチが進めばサスケもその後をてくてくついて行く。



これも、少しでも気を引きたい純情な乙女心ゆえに。





「あんな奴もう知るか!」
それでも、誘われれば乗ってしまう俺は馬鹿なのだろうか。
カカシのことが嫌いになれない。
むしろ好きな気持ちはどんどん大きくなっていく。


が、埋め合わせの映画デェトもしたけれど。
「俺昨日徹夜任務でさあ…、ちょっと寝かして」
嘘つきやがれ、アスマと徹マンやってただけだろうが。
「ちょっとだけなら」

で。
「結局終わるまで寝てたじゃないですか…」
「え?そうだった?」
とか。


一緒に歩いてて、すれ違い様にちょっと美人な女が横を通れば目で追うどころか寄っていって名前まで聞きやがる。
でも結局、考えてるのはいつも…。


「う、腕組んでもいいですか?」
夜中だし、きっと誰も見ていないはずv
「んー?」
「って!聞いてんのか?!」
全然聞いてないし、二人っきりでも最近メールばっか打っているのだ。
相手はもちろん…。

「だって超、可愛いんだって。見てよ、これ」
嬉しそうに、ノロケかと顔面殴りつけたくなるような顔で。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
カカシきらい
おれにさわるなばか
ばーか
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「なっ?!さすがお前の弟だよ」
可愛い〜と、携帯にむしゃぶりつきそうな勢いである。



ふと、いつか聞いた天井裏での会話を思い出した。
あれ以来、どれだけ苦労してこの歳で色気を出せるよう努力したと思ってるんだろう。
紅やアンコから学び取ろうと観察をしているのを見つかって、犯されそうになったことだってあるというのに。

サスケはなんだ。
ただの(たしかに可愛いが)鼻タレじゃないか。



迷うな。
セクシーなの、キュートなの?
どっちがタイプよ。
こんな風になっちゃうのはあなたが好きだからよ。


「セクシーとキュート?どっちが好きかって?」

あれから、一体何本のクナイをそのムカつくほど整った身体に突き刺しただろう。


「俺、どっちかって言うとロリコンだし、やっぱキュート系が好みかな」
えへへ、と照れ笑いを浮かべるカカシは、いつのまにか数十人となっているイタチの影分身に囲まれていた。
手にはクナイ、千本、あらゆる武器を握りしめて。
「そうかよ」
死ね、と全てが突き刺さった。





その夜、うちは一族は滅亡。
一人生き残ったサスケはショックの後遺症でとある部分の記憶だけが欠如してしまったという。
それが、カカシにとても懐いていた(?)というところで。

イタチの失踪、一族の滅亡より何よりも、サスケに忘れ去られたことが一番の衝撃だったカカシなのであった…。










END




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