2003.12.24:Merry Christmas




ANGEL





「何だこれ」
「七面鳥だよ。知らねえのか?」
「うん」
いーなーいーなー!
くいてー!うまそー!
―――と。
雑誌の、クリスマスパーティーでもやるのだろう、豪華な料理とケーキやシャンパンがテーブルに所狭しと並べられた写真を食い入るように見つめているナルトを横目に、サスケは小さな溜息を洩らす。
こうあからさまに目を輝かされれば、ナルトの発するであろう次の言葉など火を見るより明らかだ。
「なあサス…」
「で、どれが食いたいんだ」
「え?」
「クリスマス、お前の食いたいモン作ってやるよ」
「マジで!!!?」
「ああ。で、どれが…」
「サスケ大好きだー!!!」
もはや体当たりのように飛びつかれ、発した言葉の続きは無理矢理飲み込まされる。
「いってえな!このウスラトンカチが!」
「だってさ、俺嬉しくって!!!」
ぐりぐりと顔を頬に押し付けながら、力いっぱい抱き締めてきた。
「わかった!わかったからさっさと選べ!」
「おう♪」

………鼻歌混じりにナルトの選んだメニューは数十種類を超えていて。
「お前、食えるんだろうな」
サスケは基本的に物を残すことを許さない。
ワガママ言って作ってもらった手料理などは言語道断、どんなに胃袋が張り裂けそうになっても口の中を腸詰のごとくされてしまうのだ。
食べ物を大切にしろという、母の教えだったのだろうけれど。
「当たり前だってばよ!俺がお前のメシ残したことあったかよ」
たとえ死にかけたとしても、今まで全てを平らげいてきた。
「ない」
「だろ?」
だからよろしくってばよvと女の肌よりもすべすべできめ細かな首筋に擦り寄ってみる。
「もう食えないなんて科白聞かねーかなら」
「了〜解。俺も手伝おっか?」
「断る。台所汚されるのはうざい」
「あ、そう…」
どっかに遊びに行ってろ、と、そう言われた。
ずいぶん寂しい気がするが、ここで機嫌損ねてはどうしようもないので諦めるしかない。
ずっと一緒にいたい、と思う気持ちは微妙に理解してくれないのだ。
「じゃ、24日な」
「なんで。25でいいじゃねーか」
「何言ってんだってばよ!普通イブだろイブ!!!イブから始めて25にもつれ込むだろ普通!」
恋人同士ってもんは!
「七面鳥知らねえくせに無駄な知識ばっか知ってんだなてめえは…」
「へへへ。24日は楽しみにしてるってばよ〜vvv」
思い切り呆れられた視線を痛いほどに感じる。
が、そんなこと気にしてたらサスケとは一緒にいられたもんじゃないのだ。
「24日か…」
ごろりと心地よい膝の上に寝転がり、料理を作っていく段取りを考察し始めたサスケの、綺麗に整った顔を眺めてみる。

自分のために悩んでくれていると思うと、なんだかとても嬉しかった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「やっぱ一番時間かかるのは七面鳥か」
先ほど絞めたばかりで、まだ血抜きのため庭に逆さ釣りにされている首の無い七面鳥へと視線を移す。
「アイツをオーブンに入れて、焼けるまでにパスタだな」
それから…。
朝から仕度にかかってギリギリといったところだ。
さすがにこういった慣れない上に手間のかかる料理では、下ごしらえだけでもうすでに夕刻近い。
ケーキはナルトが買ってくるからいいとして。
飲み物は泥酔状態のカカシとアスマがいつだったか真夜中に突然押しかけて、差し入れだと持参してきた残りがまだあったはずだ。
酒ばかりだが、まあたまにはいいだろう。
「ナルトのやつ、滅多に野菜食わねえからな。フライにするか、スティックにするか…」





そんな、サスケがキッチンに向かい苦戦している頃。
夕日が紅く、綺麗に染まる街並みをナルトは歩いていた。
手には予約しておいたホールケーキ。
サクラが教えてくれた、美味しいとイチオシの店で予約しておいたものだ。
「もうメシできてんのかな〜vvv」
サスケ宅に向かいながら、やっぱ手伝いたかったと内心思う。
「アイツ、失敗するとことか俺に見せたがらねえかんな。もっと情けないとことか俺に見せたっていいのに」
こっちはひどく情けない様を丸出しにさせているのに、だ。
サスケの涙なんて滅多に見たこと無い。

「それはまだまだナルトくんが頼りにならないってことだよ」
「へ?!」
突如、背後から聞こえた、聞きなれすぎている声。
「俺の前では結構泣いちゃうんだけどねえ」
「カカシ先生…」
「よお、ナルトじゃねえか」
にアスマ先生。
「相変わらずうるっせー頭してんな!」
「今からお前んち行こうとしてたんだよ」
さらにキバ、シカマルのセットである。
「うるせーなキバ!で、なんで」
「めんどくせーけどよ、俺らで飲みに行くんだと」
めんどくせーなら来るな、と言いたいところだが、正直こちらのほうが面倒くさいことになった。
どうやってこのしつこそうな集団を撒くか…。
「でも丁度良かったんじゃない?お前、さっさとサスケ誘ってきなよ」
「は?」
「俺らが言ってもあいつ来なさそうだからよ」
「え…?マジ?!」
俺じゃなきゃダメって言われてるみたいで嬉し…、じゃなくて!
「い、いや、今日はやめとくってばよ。俺も色々忙しい…」
「何だお前、ケーキ持ってんじゃん」
「こっちって、たしかサスケの家の方だよな」
ふ〜ん、と4人が顔を見合わせ、四種四様のいやらしい笑みを浮かべてくれる。
「そういうことか〜」
「じゃあしょうがないな」
その小馬鹿にしたような笑いはムカつくが、ここは許すしかない。
何だか諦めてくれそうな雰囲気である。
「ま、そういうことだってばよ!ということで俺は…」
「なあアスマ、今から場所決めんのもめんどくせーし、サスケんちでいいんじゃねーの?」
「…そうだな」
「ああ、それ賛成。アイツって、顔に似合わず料理上手いのよね」
「サスケの手料理?!やっりー♪」
「ちょ、ちょっと待て!!!」
ヤバイ。
大変なことになってきた。
シカマルの奴、どうでも良さそうな顔してとんでもないこと言いやがって!
そんなことよりキバてめえ、まだサスケのこと諦めてなかったのかよ!!!
「無理!絶対ぇ無理!!!俺サスケに殺されるってばよ!」
それに今日、明日と何があっても二人っきりで過ごしたいのだ。
「何言ってんの。サスケが嫌がるわけないでしょ」
「そうと決まればさっさと行こうぜ、寒い」
「イェーイ!やったな赤丸!」
キバの胸元で、赤丸が嬉しそうにキャン!と鳴いている。
カカシを先頭に、さっさとサスケ宅に向かってしまう背中を呆然と見つめていれば。
「いいかげん諦めろよ、お前も」
シカマルにポンと肩を叩かれた。
「シカマル…、お前のせいだよな、明らかに」
「俺もサスケの作った飯食ってみたいしよ」
「おい」
「さっさと行こうぜ、今さら嫌がったってアスマとカカシにお前が敵うわけねえんだし」
その肩越しに見せた、人を馬鹿にしくさった表情といったらない。
「殺す…」

カカシやアスマよりも、一番危険なのが誰だかわかったような気がする。





ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
と、連続で5回ほどドアチャイムが鳴らされた。
何度も何度も一度で十分聞こえていると言っているはずなのに!
「うるっせえなナルト!てめえ一体何度言っ…たら…」
語尾がだんだんと小さくなっていくのに反比例して、サスケの眉間には皺が増えていく。
「メリークリスマース!サスケvvv」
そんなことはお構いなしなのだろう、カカシに抱き締められた。
「ったくほんとムカつくほど広い家だよな」
「邪魔するぜ、サスケ!」
「よー」
挨拶はあるものの、遠慮の欠片も持ち合わせない人物たちが玄関に押し寄せてくる。
「うおっ!すっげー豪華じゃん!!!」
「お前もよくやるな…」
テーブルを覆い尽くすほどの数々の料理に、キラキラと目を輝かせるキバと、呆れながらも驚きを隠せないシカマル。
カカシとアスマは慣れたもの、勝手に冷蔵庫を物色し始めている。
「………」
「………」
最後に、玄関に残されたのはナルトただ一人で。
目の前に無言で立ち尽くしているサスケに目を合わせられないでいた。
ものすごい、冷気を感じる。
小雪の散らつく外よりも、寒い。
が、このままではいけないと、恐る恐る顔を上げてみれば…。
「おかえり」
「?!………た、ただいま…」
怖い。
ここまでスバラシイ笑顔、見たことないってばよ…。



「やっぱお前の料理は最高だね」
「そうか」
「本見ただけでここまでできるか普通」
切断された首の部分につけられた白い紙の飾りを無骨な指で啄ばみながら。
七面鳥も、パスタも、数々の手間をかけただろうオードブルも。
見る見るうちに量が減っていく。
種類はあるものの、量は多く作ったといっても所詮は2人分。
6人分には成り得ない。
「なあサスケ、今度俺にもメシ作ってくれよ」
ナルトとの間に押し入ってきて、サスケの肩を抱くキバ。
「今食ってんじゃねえか」
「そうじゃなくて、俺に、ってことv」
「ちょっと、教師の前で口説いてんじゃないよ」
「うちのババァいねえもんよ」
「それもそうだ」
「そういう問題じゃねえだろ!その手離せってばよ!」
「こんなの放っといてさあ、な?」
「いいかげんにしろよ、…キバ…」
「何だようるせえな。やんのかコラ」
「あ?上等だってばよ」
モコモコの胸ぐらを捻り上げた腕を、優しく添えられた手にすっと下ろされて。
「ナルト」
鋭い眼差しで睨みつけられたかと思ったら、一瞬でクリスマスに相応しいと言うべきか、まるで聖母のような微笑みに変えられた。
こっわー!
絶対、前者がサスケを胸中を表しているに決まっている。
「すいません…」
「まあまあ。お前も固いこと言うなよな、めんどくせえ」
クリスマスなんだしよ、とだるそうなくせにわざわざワインを継ぎ足しに歩み寄ってくる。
「ほらサスケ、グラス出せよ」
「ん」

サスケはとても楽しそうに笑っていて。
ついぼうっと見とれてしまう程に綺麗な笑顔を見せている。
なのに、同時に感じるこの背筋の寒さが憎らしい…。










そんな大迷惑な嵐は二人に莫大な被害を残し、爽やかに去っていった。
ぐちゃぐちゃに、飲み、食い散らかされたテーブル。
普段綺麗に整頓されているサスケの部屋の姿など、跡形もない。
最後くらい二人っきりにしてやろうと、渋るキバとシカマルを連れて出て行ってくれた上司の気持ちはありがたいが、ならば何故もっと早く、むしろ初めからそうしないのか。
もう、深夜2時なのだ。
サスケと二人っきりでイブから25日にしけ込もうと思っていたのに、いつの間にか25日を過ぎている。
―――などと、奴らを恨んでいる暇は今はなかった。
無言でキッチンに向かう姫に、家から蹴り出される前に何とか許してもらわなくては。

「あ、あのさ、サスケ?」
「………」
案の定、無視。
そんなことは百も承知だ。
「ごめんなさい!!!俺が全て悪かったです!!!」
がばっ!と男を捨て、フローリングの床に額を打ちつけて。
ゴチ、という何かとてつもなく硬いものがぶつかったような衝撃音にはさすがにサスケも振り向いて、ナルトの情けない姿に目を軽く見開いた。
「なんとか、撒こうとしたんだけどできなくて…、ごめんってばよ、お前の料理ぐちゃぐちゃにして…」
まるで豚の集団にでも荒らされたかの言い草だが、二人の気持ち的にはそれとそうは違わない。
「ごめん…っ!」
必死に額を擦りつけるナルトに大きな溜息をついて、床にぺったりとついた腕を持ち上げてやる。
起きろ、と。
「もういい。あいつらじゃ、そう簡単には撒けねえだろ」
「サスケ…」
「ほら立て、さっさと片付けちまおうぜ」
「サ、サスケー!!!愛してるー!!!」
「っうわ!」
どーん!と抱き締められたはいいが、何やらべちゃっという嫌な感触を腹のあたりに感じた。
ナルト自身も不快に思ったようで、そのまま固まっている。
「おい…」
「な…、なんだってばよこれー!!!」
誰かが、キッチンの床にケーキを落としたのだろう、二人の腹を服越しにべったりと汚していた。
土下座の瞬間は必死で存在にも感触にも気付かなかったが、明らかにナルトが踏み潰したものである。
「誰だ…、俺が買ってきたケーキ落としやがった挙げ句こんな…」
「んなアホ言ってねえで脱いで洗面台入れとけ!いいからお前、風呂入ってこいよ」
「風呂?」
「その間に洗っといてやるから」
これ以上何か面倒なことを起こされるのも勘弁だ。
しばらくどこかに詰め込んでおきたい。
と、いくらこちらが願おうと、面倒を呼んでくるどころか生み出すのがナルトなのだ。
ニヤリと、口角を上げながら。
「じゃあさ〜、一緒に入っちまえば洗濯も一緒に済んじまうってばよv」
「んなワケあるか!…おいっ!!!」
すでに、一番嫌いな所謂“姫抱き”にされ、浴槽に投げ込まれる寸前である。





「結局たいして食えなかっただろ」
「だってさ、みんながお前に手ぇ出すからそっちの方が気になってしょうがなかったんだってば…」
「また、来年だな」
え!なんか今嬉しいこと言ってくれたような!
「今度は掴まるんじゃねーぞ」
背中向けてるから、表情は読み取れないけれどきっと…。
神様ありがとう。
メリークリスマス。
「へへ!当ったり前だってばよ☆」
「来年まで、もてば、の話だけどな」

「………え゛?」
タイルの上でどろどろのまま絡み合った二人分の衣服が、とてつもない哀愁を誘っていた。










END




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